ドーナツホール
皇帝勅命、と皇帝兼親友から休暇を出されたのは、つい一時間ほど前のことである。
「お前、働きすぎだ。休みがなさ過ぎて、第3師団からは不満の声が出てきている。そこで、だ。今日から一週間勤務禁止だから。これ、皇帝勅命な」
と、一息に言われ、言い返す暇もなく私室を追い出された。
あまりに一瞬の出来事であったため、ジェイドはひたすらに驚くしかない。
何かの悪い冗談だと思い、自分の執務室に向かったものの、自分の補佐官に「陛下から大佐を入れるなと伺っておりますため…」と言われ、中に入ることが叶わなかった。
そこで、ようやく親友の言葉が冗談でなかったことを理解する。
仕方なしに、ジェイドは自宅へ帰ろうと足を運んでいた。思えば、三ヶ月前のあの日から、ずっと働きづめであったように思える。そこまで必死だったのかと、ジェイドは自嘲した。
三ヶ月前、ジェイドは演習中に不覚にも崖から落ちてしまい、頭を強く打ってしまったのだ。
幸い、二、三日気を失ってただけで、身体的な後遺症は残らなかった。しかし、頭を強く打ったせいか、軽い記憶障害が残ってしまっている。
特定の事象に関する記憶が抜け落ちてしまっているのだ。
そのことを親友とその従者に報告すると、彼らはジェイドを問いただした。
本当に、忘れてしまったのか、と。
正直に思い出せないことを伝えると、彼らは悲しい顔をするだけであった。それ以来、ジェイドの抜け落ちた記憶に関する話題は一切出てこない。
失った記憶に関することが、自分が打ち込んでいた研究にあるというので、ジェイドは無我夢中で取り組んでいた。
気がつけば、もう三ヶ月経っていたらしい。
自分を見失うほどまでに取り戻したいと感じる記憶とは、一体どんなものであったのだろうか。失った今となっては、想像することしかできない。
「うわああああ!」
大きな声がした方をジェイドが見やると、そこには7歳ほどの子供が泣いていた。転んだのだろうか、膝を少し擦りむいている。
何故だか放って置けなくなり、ジェイドはその子供に駆け寄った。持っていたハンカチを譜術で湿らせ、患部を処置してやる。擦りむいた場所をハンカチで縛ったところで、子供の母親らしい人物がやってきた。
「お母さん…」
「もう、ダメじゃないの。ほら、この軍人さんにお礼を…!」
ジェイドの顔を見た母親の表情が驚きに変わる。そして瞬く間にその顔に恐怖を滲ませると、申し訳ありませんでした、と頭を下げて、子供の手を引いて去っていた。
怯えた様子の母親に、ジェイドは自分が何かしたのかと考えたが、直ぐに合点がいく。
母親はジェイドと視線を合わせた瞬間に顔色を変えた。恐らく、人工的な赤い目を見てジェイドが「死霊使い」である事を理解したのだろう。この赤い目は、人々が畏怖する理由になっていた。
『俺さ、ジェイドのその眼、好きだよ。きらきらしてて、宝石みたいで、とっても綺麗だ。』
ふと、脳裏にそのような言葉が浮かんできた。今まで生きてきた中で、唯一ジェイドの持つ眼を褒めた言葉である。言った人物が誰であるか、またどれほど前であるかもわからないが、ジェイドの冷えた心を暖かくするには十分だった。
そして、それが自分の失った記憶に関することだと、彼はすぐに理解する。
たった一言。しかし、それで自分の心が動かされる。
なるほど、自分を見失うまでがむしゃらになってまで取り戻したくなるはずだと、ジェイドは一人納得していた。
通りがかった花屋で、ジェイドは鉢植えの花を購入した。名前はわからなかったが、夕陽色の花をつけている。普段から花にあまり興味が無いジェイドであったが、店先でその色を見つけたら、いてもたってもいられなかった。
どこか懐かしさを覚える花の色は、先ほどの言葉と同様にジェイドの冷えた心を震わせるのであった。
確かに落し物があった気がするのに、思い出せないのが酷く悲しい
過去に書いた話のリメイクです。
「確かに~」はお題のタイトルです。
元の話は全員ルークこと忘れている設定だったので、
それに比べると明るいと思います。
タイトルは米津元帥さんの曲から。
2010/**/**製作 2015/09/26 公開 2016/11/25 再録